待望社 Taibowsha Corporation

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待望社 新刊発行のご案内

石井春香詩集

『落人』

定価(本体2,000円+税)

ISBN978-4-924891-81-4

晩秋の囁き

 

父が忽然と泉下へ消えた

母もたちまち幻へ落ちていった

霧の中を歩いている

 

そんな母の元へ通ってくる親切な人は

どんな顔をして どんな音色をしていたのか

今となっては誰も知らない

庭先で秋の虫は翅をすり寄せ

どんな歌を唄ったのだろう

 

薄絹のやわらかい翅で

幾重にも本心を包み

その声はあたたかく秋霜の胸に灯ったのか

 

人間は誰だって自分に親切なのよ─と

すり込まれた耳に

繰り返される囁きは大きな意味を持ち始める

優しく奏でる秋の虫

 

不動産は札束になったのに

帰り道が分からない

清盛は郎党一族で政を手にしたけれど

その栄華の罪は まだ許されていないと見えて

子孫末代まで祟るのだろうか

 

何所へ行ったか 行方不明の幸せは

今も どこかをさ迷っている

高島りみこ詩集

『海を飼う』

定価(本体2,000円+税)

ISBN978-4-924891-85-2

海を飼う

 

ぎらつく太陽に焼かれて その年の六月は

すっかり干涸らびてしまっていたから ふと

海が見たくなって車を東北へ走らせた 巨大

な防潮堤にあけられた小箱ほどの穴の奥で

海は鈍色に染まり ひどく気怠そうにうねる

ばかりで

 

あのときからだ

わたしの耳に海が棲みついたのは

 

しんと寝静まった夜になると 海はひたひた

と耳の奥から這い出してきて 水底深く漂っ

ているかなしみのかけらを 枕元に置いてい

った 夜ごと 海がやってくるものだから

そのかけらを集めて つなぎ合わせてみるこ

とにした パズルが組みあがると それは涙

型の蕾を持つ植物となり わたしはその風変

わりな植物を 新しいスケッチブックのあい

だに そっと挾みこんだ

 

秋がひっそりと庭先に現れた頃 スケッチブ

ックと耳の奥の海を伴って 再び 北へ

 

防潮堤の階段を下って浜に降り立つ 十月の

海はどこまでも穏やかで明るい わたしは手

にしたスケッチブックから 例の植物を取り

出し水に放った 蕾は淡い瑠璃色の花となり

波間にゆっくり消えていった 花びらには安

らぎの香りを忍ばせて

 

あれから

耳の奥の海は

すっかり鎮まっている